カテゴリー : 2006年 3月

卒園式

今日は、長男の卒園式でした。この前まで、幼稚園に入学したと思ったのもつかの間、もうすぐ小学生です。月日の経つのは本当に早いですね。

あいにく、次男の面倒を見ていなければならなかったので、卒園式会場の外にいて、卒園式自体を見ることは出来ませんでした。

4月から長男は小学生、次男は幼稚園。

このままだと、あっという間におじいさんになってしまいそうです(笑)

人生、半ばを過ぎたと思っているので、本当に自分のやりたいこと、やるべきことを見直す時期かもしれません。

蘇我氏内紛の現場?

実は、歴史好きです。

奈良県明日香村の石舞台古墳の近くで、7世紀前半の建物跡とみられる柱列が見つかったそうですね。馬子の息子の蘇我蝦夷と馬子の弟の境部臣摩理勢の争った後かもしれないとのこと。以下、産経新聞サイトの引用

飛鳥時代の大豪族・蘇我馬子(そがのうまこ)(生年不明―626年)の墓とされる石舞台古墳(奈良県明日香村、特別史跡)の隣接地で、7世紀前半の建物跡とみられる柱列が見つかり、奈良県立橿原考古学研究所が8日、発表した。

 石舞台の石室とほぼ同じ向きに並び、同研究所は「古墳を意識してつくっている。蘇我一族が常駐した現地事務所ではないか」としている。

 日本書紀によると、馬子没後の628年、蘇我一族は総力を挙げ墓を造営。周りに常駐していたが、推古天皇の後継をめぐり、息子蝦夷(えみし)と対立した叔父境部臣摩理勢(さかいべのおみまりせ)が小屋を壊し、一族の内紛に発展したと伝える。この事件の現場の可能性があるという。

 石舞台の東約100メートルで、少し高い場所にある棚田を発掘し見つけた。柱列は2つで長い方は9メートル以上。どちらも1.7メートル間隔で一辺50センチの穴があり、直径15―25センチの柱を立てたらしい。

 掘っ立て柱建物2棟の遺構と考えられるが、調査地が幅2メートルしかなく、同研究所は建物と断定できないとしている。

 別に一辺1.6―1.8メートルの大きな穴が2つ見つかり、直径30センチの柱を立てた跡があった。穴は深さが1.5―1.8メートルもあり、建物の柱とは考えにくいという。

 欽明天皇(生年不明―571年)の墓を620年に補修した際、各氏族ごとに大きな柱を立て、力を競ったという記事が書紀にあり、同研究所は「石舞台も蘇我の各支族が同様の大柱を立て、覇を競った可能性がある」としている。

 一帯は馬子の邸宅があったとされる島庄(しまのしょう)遺跡。石舞台の西約200メートルで、馬子が住んだ正殿とみられる大型建物の跡が見つかっている。

 現地説明会は11日午前10時から。

境部臣摩理勢は、蘇我馬子の弟という説が有力ですが、遠山美都男先生の本(聖徳太子はなぜ天皇になれなかったのか )では、蘇我稲目の弟ではないかと述べられています。

しかし、蘇我氏って不思議な氏族です。稲目の時代に急に現れて、天皇との血縁関係を結んでいきます。新興貴族がなぜあれだけの権力を握れたのかは、興味あるテーマです。

聖徳太子はなぜ天皇になれなかったのか
遠山 美都男〔著〕
角川書店 (2000.10)
通常2-3日以内に発送します。
聖徳太子未完の大王
遠山 美都男著
日本放送出版協会 (1997.12)
この本は現在お取り扱いできません。

多摩動物公園

涙嚢炎にも関わらず、家族と多摩動物公園に行ってきた。流石に多摩動物公園は、広いですねぇ。配布されている案内図に書いてある順路通りにまわったのですが、非常に時間がかかりました。でも、子供は大喜びで、結構充実した一日だった。お勧めはやはり、「ライオンバス」。非常に近くでライオンを見ることができ、バスに乗っている子供達は皆大はしゃぎでした。

車で現地に着いたのが、10:30前くらい。そして、16:30くらいまで、歩き回っていました。

あー、一日中歩いたので、流石に疲れた…

涙嚢炎再び

どうも、年をとるにつれ目が弱くなってきたのだろうか。以前左目に涙嚢炎ができたのだが、今度は右目に涙嚢炎ができてしまった。今日は、医者に行って、抗生物質入りの点滴を受けてきたところ。瞼のまわりが腫れ気味で、ちょっとコワイ外見になっている。今日は、家の中でウダウダしていよう。

ちなみに、涙嚢炎の定義は以下の通り

涙嚢炎は涙嚢の感染症です。

涙嚢は、眼から排出された涙が流れこむ小さな袋状の器官です。涙嚢炎は涙嚢から鼻へと続く鼻涙管がふさがることで起こります。涙嚢炎は急に起こることもあれば(急性涙嚢炎)、長期にわたって進行することもあります(慢性涙嚢炎)。急性の場合は涙嚢の周囲に痛みを感じ、そこが赤くなって腫れます。眼は赤く涙目になり、膿(うみ)がにじみ出ます。涙嚢を軽く押すと、眼の鼻側にある涙嚢の開口部から膿が出てくることがあります。熱が出ることもあります。

感染の程度は軽いことが多く、ほとんどは自然に治ります。まれに涙嚢の中に液体がたまってしまう場合があり、この液体で満たされて大きくなった涙嚢は粘液嚢胞と呼ばれます。膿瘍(のうよう)ができて皮膚が破れ、そこから膿が排出されることもあります。

急性涙嚢炎の場合は、抗生物質を内服薬か点滴で投与します。患部に温湿布を1日に数回あてると治りが早くなることもあります。膿瘍ができた場合は、切開を行って内容物を排出します。慢性涙嚢炎の場合は、詰まっている鼻涙管に細い管を通して開通させるか手術をします。まれに、涙嚢全体を手術で取り除かなければならないケースもあります。

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