老いた父親

この頃、頻繁に父親の入院している病院に行っている。会社の帰りだったり、週末だったり。
今は、酸素マスクを付けて、ろれつも回らなくなってきており、反応も鈍く、起きている時間が極端に短い。
俺が小さかった頃は、多趣味でダンディだった父親の老いの姿を見るのはつらい。
父のベッドの周りをみると、同じような症状の老人が横たわっている。
客観的にみると、その人達に待っているのは、生物学的に当たり前の老衰であり、死である。
でも、父親に話しかけると、それなりの反応をしくれて、時には笑顔を向けてくれるときがある。
その表情を観ていると、愛おしいし一日も永く生きて欲しいと思う。
ベッドの上で眠っている父親の表情を見ながら、自分が子供だったときの頼もしかった父親の表情を重ね合わせていたりもする。
当たり前だが、自分もやがてこのような姿になるであろうことは、想像に難くない。その時、俺の子供たちはどのように感じるのだろうか。
無常観が漂う。

さて、今夜は、ワールドカップを見て、気分を紛らわせようか。

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